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孔子「論語」を分かりやすく解説

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論語をご存知でしょうか?

近年では、新たな1万円札の顔となる渋沢栄一の著書である「論語と算盤」に記されていることで有名になりました。

論語とは、孔子という人物が2500年前に書いた人生指南書です

人間としての正しさについて書かれたこの書は、今もなお大きな影響力をもって大切なことを私たちに伝えてくれています。

この記事では、「論語」を分かりやすく解説していきます。

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孔子とは

Wikipedia参照

孔子とは紀元前500年頃を生きた、中国の思想家・哲学者であり、儒教の生みの親でもあります。

大変な苦労人であったと言われており、彼の生涯も遅咲きでした

魯の国に生まれた孔子はとても貧乏な生活を営んでおり、母一人子一人で育ちました。

優れた人物の話であれば、どこまでも聞きに行くという学びに貪欲な姿勢を持っていたと言われています。

しかし、なかなかチャンスに恵まれない彼は、50代になってやっと名を成したのでした。

しかし政治闘争に巻き込まれてしまった孔子は、結局10年以上の逃亡生活を余儀なくされます。

そして晩年になり、ついに私塾を開くのです。

3000人以上の弟子を抱えた孔子は、”人間として正しいとは何か”をテーマに教えを説いていきます。

これが孔子の死後、弟子たちにまとめられ「論語」が生まれました。

孔子は遅咲きの苦労人でしたが、常に信念を持ち続け”人間としてあるべき姿”を教え続けました。

「論語」はそんな彼の教えをまとめた書物なのです。

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孔子「論語」の解説

論語とは10巻20編からなる、非常に長い書です。

今回はその中でも重要な部分を解説します。

  • 人間の欲望
  • 独立独歩
  • リーダー論
  • 思いやり(恕)
  • 孔子の信念

上記の項目について1つずつ解説していきます。

人間の欲望

人間には大きく分けて3つの欲望(たい病)があると、孔子は言っています。

それが以下の3つです。

  • お金が欲しい(金銭欲)
  • 偉くなりたい(出世欲)
  • 名声が欲しい(承認欲)

そして、孔子はこれらを卑しいものだとは捉えていませんでした。

これらの欲求は人間の根源的な欲望であるので、持っていても仕方がないことである、と考えたのです。

ただし、全てをそのまま肯定するのではなく、あくまでその欲望の存在を認めるだけであり、過度な欲求は避けるべきです

具体的に1つずつ見ていきましょう。

金銭欲

金銭欲に関しては、お金が目的になってはいけない、でもお金で理想がかなうのであれば、どんな大変な仕事でもするよ、という姿勢を示しています。

君子は義に喩り、小人は利に喩る

論語

という一説があるように、未熟な人間(小人)はお金を求めてしまうのに対して、立派な人間(君子)は理想や大望を求めるのです

あくまでお金は手段、理想が目的であり、その目的のために金銭が必要なのであれば、なんだってするという姿勢が求められるわけです。

出世欲

未熟な人間はいつも出世のことばかり話しており、愚痴ばかりだと言います。

孔子自身は、出世を求めることには否定的でした

しかし、出世自体を否定はしていません。

自らが絶え間ない努力を継続した結果、周りから評価されたのであれば、そこでの出世を断るのではなく乗っかればよい、と言っています。

ここでも、出世は目的ではなく手段であることに価値があることが示されています。

承認欲

世間が自分の才能を認めてくれるか否かは全く気にする必要がない、と主張しています。

事実孔子も遅咲きの人間であり、若いころは周りからの承認は得られることがなかったことが予測されます。

承認に関しても前項同様、結果的に得られたら良いくらいの感覚が理想で、自分から追い求めるのは良くないと言っています。

人間の欲望に関して、どれも共通して言えることは、目的と手段を取り違えるな(過程と結果を間違えるな)ということです。

上記の3つの欲望は人間の持つごく自然の欲望であり、これを否定はしません。

しかし、大切なのはこれらを正しく扱うことなのです。

人間の欲望はさらに上の存在である、理想や大望、信念の達成のために正しく扱う必要があるのです

目的も手段も正しく持つことが大切です。

独立独歩

独立独歩とは、自分の力で生きることを指します。

これを言い換えると、自分の頭で考えて行動せよ、ということです。

情報過多の現代社会において、自分の頭で考えて情報を取捨選択することの重要性は増していきています。

孔子が目指す理想的な人間像(独立独歩ができている人間)は以下のようなものです。

  • 世論(社会)が恨んでいる人でも、うのみにはせずに自分で調べて自分で判断する
  • 世論が好んでいる人でも、自分で調べてから自分で判断する
  • 世論が言っていることを一度疑い、自分で調べてから判断する

つまり、自分で考え自分で判断できる人間になるべきだと、孔子は説いたのです。

これが独立独歩の考えなのです。

彼はこの独立独歩の姿勢が世界を豊かにしていくと考えていました。

1人1人が素晴らしい人間になれば社会はより良いものになっていくと、心から信じていたのです。

人を育て家庭を育て、村を育てて国を育て、最終的に世界を良くする、これが孔子の目指した理想でした。

仁とは道徳の中の最高徳目です

論語の核心でもあり、最も重要な徳なのです。

仁とは主に、”他人に対する親愛の情、優しさを示しています。

しかし、孔子にすらもこの仁が一体何なのかが分かっていませんでした

だからこそ彼は、この仁を三者三様の教えとして弟子たちに伝えていきました。

お金で万人を救いたいという子貢には、

「そんな大きなことよりも、もっと身近な存在のことを考えよ」

と説きます。

大勢を助ける前に、まずは身の回りの人を助けよ、ということです。

己の悪しき部分を全て否定しようとする原憲には、

「心のマイナス要因を全て否定したら、仁にはたどり着けないのでは?」

と説きます。

ただ、彼の考えを否定することはなく、あくまで提案という形でアドバイスします。

口が軽く、軽率な行動をとりがちな司馬牛には、

「仁者(仁を会得したもの)になるには、しゃべりすぎるな」

と説きます。

仁者の発する言葉には、全てに重みがあるのです。

孔子は仁の教えについて三者三様の教えを説きました。

仁とは(中庸)バランス感覚を要するものなのです。

仁にはこれといった正解がありません。

人間としてのあるべき姿をバランスよく成り立たせていく、これが孔子の目指す最高の徳目であり、論語の目的でもあります。

リーダー論

論語の教えは多くの人物に影響を与えてきました。

西はシャルル・ド・モンテスキューから、東は徳川家康坂本龍馬まで、多種多様です。

そしてその中でも重要視されるのが、論語流のリーダー論です。

論語では、リーダーには3つの素質があると言います。

それが次の3つです。

  • 正義感
  • 平等の尊重

正義感とは、人間として正しいことを最後まで貫く姿勢を指します。

大切なのは、知っているだけではなく行動にまで落とし込むことです

平等の尊重は、全ての人々を平等に公正に見て扱うことを指します。

贔屓や媚びる人を優遇することをするな、ということです。

仁は論語の最高徳目であり、思いやりの心を指しています。

いつでも他者の気持ちに立って発言行動することが大切です。

リーダーになるための自分の磨き方

論語にはリーダーになるための自分の磨き方も書いてあります。

それが以下の3つです。

自分で自分を見限らない

孔子は誰だって立派なリーダーになることができると説きます。

では、なぜ多くの人がリーダーになることを諦めてしまうのでしょうか?

それは、自分で自分を見限ってしまっているからです

  • 自分には実力がないからできない
  • 自分には才能がないからできない
  • どうせ自分なんかダメだ

しかし、自分を見限っていては己を磨くことはできません。

力不足と感じるのなら、できるだけやってぶっ倒れろ!と孔子は言います。

自分で自分の可能性を狭めることは辞めましょう。

誰にだって可能性はあります。

ポジティブ思考

自分を鍛錬する際は、常にポジティブでプラス思考でいましょう

貧しくても人に媚びへつらう必要はありません。

お金持ちであってもおごり高ぶる必要はありません。

ただポジティブに毎日を一生懸命生き、切磋琢磨し続けましょう

それがリーダーになるためのコツなのです。

長所を伸ばす

君子は長所を伸ばすことに集中します

これは己だけではなく、他人であっても同じです

お互いがお互いの長所を褒め、伸ばしあっていく関係性を構築しましょう。

未熟な人は相手のダメな部分を見つけて非難します。

しかし、それではダメな部分に意識が向き、成長が損なわれてしまうのです。

思いやり(恕)

論語では”思いやり”の重要性を説いています。

自分がされたくないことは人にしてはいけない、という教えです。

これは論語の中では”恕”として表現されています。

先ほど”仁”という言葉が出てきましたが、”恕”とは違いがあるようです。

  • 仁は、他者基準の思いやり
  • 恕は、自己基準の思いやり

”恕”は軸が自分にあるのに対して、”仁”は軸が他者にあるのです。

仁が論語の最高徳目であることも考えると、”恕”を会得して最終的に”仁”を目指すという構図が正しいのかもしれません

ただ、孔子も仁については正確に定義できていないので、詳しくは言及できません。

”恕”が示す思いやりとは一体何をさすのでしょうか?

多くの人は他者への思いやりを想像されたかと思いますが、実は自分への思いやりの意味合いが強いです。

つまり、”恕”は自分のことをもっと思いやってね、ということを意味しているのです。

自分で自分のことを見限ってしまう人がいるように、自分のことを乱雑に扱っている人は多いのではないでしょうか?

そんな人は、まず自分を思いやることから始めましょう

甘やかすのではなく、世間のために尽くすために自分を奮い立てるのです。

自分を愛せていない人は他人の愛せないのと同様で、自分を思いやれない人間は他人を思いやること、つまり”仁”を達成することはできないのです。

孔子の信念

論語を通して孔子が成し遂げたかったことは何でしょうか?

それは”正しい政治を広める”という天命でした。

孔子は50代でやっと世間から認められたと思いきや、逃亡生活を余儀なくされ、14年間の放浪の末故郷に帰ります。

しかし現実は非常に厳しいものでした。

息子は亡くなっており、愛弟子も2人失ってしまうのです。

厳しくつらい現実が待ち受けていたのにもかかわらず、彼は彼の信念を心に、生涯をまっとうするのでした。

なぜ彼は非情な現実にもめげることなく立ち向かうことができたのでしょうか?

そこには彼の人生観がありました。

彼は天恵派と呼ばれる思想の持ち主で、天は常に私たちに恵みを与えてくると信じていました

全ての物事をポジティブに捉え、信念をプラスに保っていたのです。

彼は「試練は必ず乗り切れる、運命を受け入れよ」と言い続けました。

人生は順風満帆では奥深さが分からない、試練があるからこそ人生は豊かになっていくのだ、と考えていたのです。

そして、彼の天に対する信念は非常に強いものがありました。

彼は常に、「私には正しい政治を世に広めるという天命がある」を信じ続けていたので、どんな試練でも乗り越えることができたのです。

  • 運命を引き受け、逆境に立ち向かう。
  • 与えられた試練は、天が恵んでくれたものだから必ず乗り越えることができる。

そう考えていたのです。

そして論語には、そんな彼の思想がありありと記されているのです。

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まとめ

論語は2500年以上も前に、孔子によって書かれた人生指南書です。

人間としてあるべき姿を記したこの書は、今もなお多くの人に影響を与えています。

記事の要約は次の通りです。

  • 人間の欲望はあくまで手段として捉えよ、決して目的になってはいけない
  • 自分の頭で考え判断する、独立独歩を目指す
  • 論語の最終目的は”仁”を会得すること
  • リーダーは正義感・平等・仁を意識するべき
  • ”仁”(他人を思いやる)を会得するには、まず”恕”(自分を思いやる)から始めよ
  • 強い信念を持ち、運命を引き受け、逆境に立ち向かえ

ぜひ参考にしてみてください。

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