ニーチェをご存じでしょうか?
彼は非常に有名な哲学者です。
彼の残した言葉に「神は死んだ」というものがあります。
この「神は死んだ」という言葉にはどのような意味が込められているのでしょうか?
この記事では、ニーチェの思想について解説、さらに現代への適用についても説明します。
ニーチェとは?
ニーチェは本名をフリードリヒ・ニーチェといいます。
1844年にドイツ連邦のプロイセン王国に牧師の子供として生まれました。
彼は幼少期から非常に頭が良く、勉強に作曲に作詞までできるという天才っぷりでした。
その才能はだんだんと評価されるようになっていき、20代にしてバーゼル大学の教授にまでなりました。
しかし彼の人生は順風満帆ではありませんでした。彼は書籍を出版したのですが、これが一向に売れませんでした。
またせっかく教授になれたのに、授業は人気がなく、はたまた女性関係も上手くいかなかったとされています。
そんな中書かれた本が「ツァラトゥストラ」という本です。
この本は現在はニーチェの代名詞とも言えるほど広く周知されていますが、出版された当時は全くといっていいほど売れませんでした。悲しいくらい売れなかったそうです。
そんなつらい現実を目の当たりにして、ニーチェは45歳の時に精神が崩壊してしまいます。
この時にニーチェは全くの別人になってしまいます。元のニーチェに戻ることはありませんでした。
そして1940年、彼が55歳の時に死去します。
ニーチェの「ツァラトゥストラ」とは?
ツァラトゥストラとは、簡単に説明すると、ツァラトゥストラというおじさんが山籠もりして1人で熟考し、学びを得てそれを街の人々に伝える、というお話しです。
この本は、ニーチェが人生をかけて作り上げた著書でもあります。
この作品の主人公のツァラトゥストラはニーチェが自分を物語に反映させたものだと言われています。
つまりこのツァラトゥストラを読めば、ニーチェの思想を学ぶことができるのです。
ツァラトゥストラの言葉はニーチェ自身の言葉でもあるのです。
ニーチェ「ツァラトゥストラ」の解説
ニーチェの思想は彼が生きているときはあまり受け入れられませんでした。彼は人々よりも少し先に行き過ぎたわけです。
そして時は現代、彼の思想は今の世の中を的確に指示しています。
以降はツァラトゥストラの内容を参考に、ニーチェの思想を解説し、その思想がなぜ現代において重要だと叫ばれっているのかを解説します。
神は死んだ
ニーチェの名言に「神は死んだ」というものがあります。
この「神が死んだ」という言葉には、どのような意味が込められているのでしょうか?
この言葉は、この世から絶対的な真理はなくなった、ということを意味しています。
つまり、当時は神の存在を信じている人が多かったのですが、そんな神という絶対的なものは存在しない、ということを彼は伝えているわけです。
なぜでしょうか?
それは科学の発展に答えがあります。
昔の人類には科学という概念は存在せず、生きとし生けるもの、またそれらに関連する自然現象の全ては、神の仕業という風に捉えなければ納得ができなかったのです。
この世界には神という絶対的な存在がいて、それがこの世の不思議な現象を全て引き起こしている、と考えていました。
これはあたりまえのことです。なんの知識もない状態からこの世界を分析しようとしても無理があります。神という絶対的な存在を信じてるのも当然でしょう。
しかし、人類は進歩しました。科学的にこの世界を分析する力を手に入れ、この世の謎とされていたありとあらゆる現象には科学的な裏付けがある、ということをどんどん解明していきました。
有名な例だと、天動説と地動説があります。
絶対的な存在を信じていた当時の人たちは天動説が正しいと信じて疑いません。
しかし科学的な観点からすると、天動説はありえませんでした。そして現在の世界では、地球自身が回っている、という地動説があたりまえとなっています。
このようにして、この世界の絶対的な心理はどんどんと絶対的ではない、ということが証明されていったのです。
神を前提にしたものは全て崩れ去っていきました。別の言い方をすると、人間が自分たちの発展により、神を殺してしまった、ということです。
この絶対的な真理が否定されていくことをニーチェは「神は死んだ」と表現しました。
なぜ神は死んだことが問題なのか?
「神は死んだ」ことがなぜ問題になるのでしょうか?
この世界を科学的に証明していくことで、人類は平和な正解を作り上げることができるようになりました。食生活や健康面で飛躍的な成長を遂げました。
一見、科学の発展による絶対的な真理の消滅はなんの問題も引き起こしていないように思えます。
しかし精神面ではいかがでしょうか?
神の存在を否定すると、この世界の絶対的な存在を否定することになり、それはつまり、絶対に信じられるものがなくなってしまった、ということなのです。
例えば、ニーチェ以前の哲学者は皆、神の存在が前提にあったうえで自分流の哲学を展開していました。
しかし神の存在が否定されたことで、これらの哲学は全て無意味となってしまった訳です。
絶対的なものがないという世界は非常に生きづらいとされています。
いかがでしょうか?そういわれてもピンとくる方は少ないかもしれません。
それでは現代に場面を移しましょう。
例えば、高度経済成長期の際の日本は、3種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)や終身雇用精度(一度会社に入社すれば死ぬまで安泰)などの絶対的な成功にすがっていました。
努力すればだれでも救われる、なぜならそれらは絶対的なものだから、という信念のもと当時の人々は仕事に励みました。これらの神話を皆が信じていたのです。
現在はいかがでしょうか?
VUCAの時代(Volatility(変動性・不安定さ), Uncertainty(不確実性・不確定さ), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の4つを意味する言葉で、世界の不安定さを示す言葉)と称されるように、非常に不安定です。
来年には自分がどうなっているか、世界がどうなっているのかさっぱりわかりません。
こんな不安定な時代に、絶対的な真理は存在しないに等しいです。
終身雇用の神話は崩壊しました。
みなさんの心にあるのはなんでしょうか?
それは漠然とした不安ではないでしょうか?
そうなんです。この世界から絶対的な真理がなくなると、安定したものがなくなるので、非常に不安になるのです。将来何が起こるかは分からない、絶対的に正しいこともない、そんな世界は怖いかもしれません。
ニヒリズム
ニヒリズムとは、自分が何のために生きているのかが分からなくなり、自分が存在する意義が分からなくなってしまう、という考え方です。
そんな考え方する人いるの?
と思われた方、実は現代を生きる人間の多くはこのニヒリズム的思想を持っていると言われています。
不安定で先が見えず、未来に何が起こるかも分からず漠然とした不安だけが存在している、これを感じたことがある人は非常に多いはずです。
- 仕事はAIに奪われるかもしれない。
- テクノロジーで自分の情報は流出するかもしれない。
- SNSでは他人の良い部分しか見えず、自分と比較してしまい不安になる、
- やりたいことを見つけるという迷路に入り込み、抜け出せない
そして極めつけはコロナウイルスです。
コロナウイルスによって我々の生活スタイルは大きく変わりました。人と会うことすら容易でなくなり、人びとは家に引きこもるようになりました。
すごく不安定な時代です。なにか絶対的なものにすがりたくなります。しかし絶対的なものはありません。非常に辛いですね。
末人
そしてこのニヒリズムが蔓延すると、世界には末人と呼ばれる人が大量に生まれます。
末人とはニヒリズム的思想を持った人のことを指し、将来に対して希望はなく、ただ毎日をなんとなく生きている人を意味します。
ニーチェは末人のことを最後の人間と呼んでおり、末人にだけはなってはいけないと言っています。
ニヒリズムや末人が良くないのは分かった。では人類はどこを目指せばいいのか?
そんな問いが出てくるかと思います。
それに対するニーチェの解答が超人です。
超人
ニーチェは我々人類は超人を目指すべき、ということを主張しています。
超人とは、不屈の精神を持って、力強い意志を持ち、自分を肯定しながら、より高見を目指す人のことです。
超人さん強いですね(笑)めちゃくちゃ理想的ではありますが、これ達成できる人ほとんどいないんじゃないかと思ったりもします。
ちなみに超人に関する具体的な定義はありません。もし超人とは〇〇である、と決めてしまうと、それは絶対的なものになってしまうからです。この世界に絶対的な物はありません。
それがニーチェの思想です。
超人になるための方法
超人になるためには3つのステージがあります。
- ラクダ
- 獅子
- 幼子
です。
ラクダ
重い荷物を背負って運ぶのを我慢するラクダのように、耐え忍ぶ時期です。
ここでの重い荷物とは、勉強、仕事、運動などを示しています。トレーニングを積んでいる状態ですね。
獅子
我慢を終えて、自由な身となり解放されます。
この状態であれば、どんな相手に対しても自分の主張をしっかりできます。まさに自然界のライオンといった感じです。(ライオンは自分より大きくて重い、ゾウやキリンを獲物として捉えています)
幼子
自らの好奇心に身を任せ、やりたいことをやって暮らす自由な状態です。
今この瞬間を生きており、なにをしていようと全ては無条件に肯定されることを知っています。
永遠回帰
永遠回帰とは、同じ人生が無限に繰り返すことを意味します。
前世も来世も同じです。あなたがサッカー選手としての人生を送っていたとしたら、前世もサッカー選手で来世もまたサッカー選手になるということです。
あなたの今の人生が無限に繰り返されることを想像してみてください。いかがですか?
またこの人生を歩みたい!という人もいれば、こんな人生もういやだ!という人まで多種多様かと思います。
この考え方は非常に辛い考え方かもしれません。特に今現在が辛い人にとってこれは信じたくないような理論でしょう。
しかし少し考え方を変えてみましょう。
無限にループする世界に自分が生きていると本気で考えてください。
何回もループする人生をつまらない人生にしたいですか?それとも夢を叶え喜びにあふれた人生にしたいですか?
つまりいい人生か悪い人生、無限にループするならどちらがいいですか?という話です。
喜びに満ちたいい人生がいいに決まってますよね!素晴らしい人生が何回も繰り返されるのであればそれは最高です!
となると、来世でも繰り返してもいいような人生を歩もうと考えるはずです。そうじゃないと来世の自分がかわいそうです。
するとどうでしょうか?人生に対してやる気が出てきませんか?
無限ループの人生なのであれば全力を尽くしていい人生にしてやる!
そう考えられると思います!
つまりこの永遠回帰とは、人間にとって非常につらい重しであると同時に、人生を好転させる武器にもなりえるということなんです。
そしてこの永遠回帰を武器として捉えたとき、それは人生を好転させニヒリズムを克服するための「思考法」となるのです。
ニヒリズムの克服
ニヒリズムは克服することができます。どうすればいいのでしょうか?
その方法は考え方を変えることです。
苦しい現実が目の前に現れたときに、
「これこそが私の人生だ!人生に彩をもたらしてくれてありがとう!」
と考え、現実と戦いましょう。
永遠回帰する世界において、苦しい現実に立ち向かわずに逃げてばかりの人生を送っていては、楽しい人生は一生来ません。
立ち向かって戦い、喜びを勝ち取りましょう。
その勝利があなたに肯定という幸福をもたらしてくれます。そして無限ループする人生の中であなたは肯定され続けるのです。
今この瞬間から現実と戦いましょう。肯定しましょう。
全ての瞬間を肯定し続けられるようになったらあなたは超人と言えるでしょう。
苦しみが消えるのを待っているだけではダメです。それでは苦しみがずっとあなたを付きまといます。
自分の弱さを断ち切り戦いましょう。その先にはきっと喜びがあるはずです。
ニーチェ「ツァラトゥストラ」最後に
ニーチェはこのようなことを言っています。
未来の世界はニヒリズムで覆いつくされているだろう。末人が大量に発生して、多くの人が生きる意義や希望を見失なうだろう。
そしてそんな闇に満ちた世界に光をもたらすのがニーチェの思想なのです。
現実から目をそむけてはいけません。戦いましょう。決して楽な道ではありませんが、その先には光が待っているはずです。
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