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アマルティア・セン「貧困と飢饉」を分かりやすく解説

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飢饉と聞くとどのような印象を抱くでしょうか?

はるか昔の人々の悩み事かのように思えてしまうかもしれませんが、実はこの問題は21世紀になっても存在しています。

なぜ近代になっても飢饉が発生してしまうのでしょうか?

この謎を解明した人物が、インドの経済学者アマルティア・センです。

彼は、今まで正しいとされていた飢饉の原因は食糧供給量不足である、という説に疑義を呈します。

この記事では、そんなアマルティア・センの著書「貧困と飢饉」について解説していきます。

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アマルティア・センとは

Wikipedia参照

アマルティア・セン(1933-)とはインドの経済学者・哲学者です。

アジア初のノーベル経済学賞受賞者であり、1994年にはアメリカ経済学会の会長に就任しています。

彼の主な著書には「貧困と飢饉」「正義のアイデア」「集合的選択と社会的厚生」があります。

センはインドの東ベンガル(現在のバングラデシュ)に住む、名門一族の家に生まれます。

父親は科学者、母方の祖父は哲学と文学にて権威のある学者という、非常に恵まれた環境で育ちます。

プレジデンシー大学で哲学と経済学を学び、ケンブリッジ大学への留学にて著名な学者たちより経済学を学びました。

大学を卒業した後は、ジャダプール大学に経済学部を設立、デリー大学にて経済学教授となります。

以降、オックスフォード大学やロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、ハーバード大学などの大学で教授を歴任します。

彼は1998年にアジア人として初めてノーベル経済学賞を受賞し、また1999年にはインド最高名誉であるバーラト・ラトナ賞を、2013年にはフランスのレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールを受賞しています。

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アマルティア・セン「貧困と飢饉」の解説

「貧困と飢饉」(1981)はアマルティア・センによって書かれた経済学書です。

本書で語られる彼の主張は非常に新しく、今までの飢饉に対する見解をひっくり返すほどのものです。

結果的に彼の飢饉に関する研究は、開発経済学(発展途上国の経済問題を分析する学問)に新たな可能性を見出しました。

以降、詳しく解説していきます。

飢饉の原因は権原関係にある

アマルティア・センが新しい視点をもたらす前は、飢饉の原因は食糧供給の不足だとされていました

飢饉は、生産可能な食糧に対して人口が増えすぎている状態が原因となって発生する、という認識です。

これは、トマス・マルサスの「人口論」で語られた主張であり、20世紀になってもこの理論は多くの人に信じられていました。

しかし、センはこの常識に反旗を翻します。

彼の主張は次のようになります。

権原関係(食糧の入手、交換、あるいは使用などの、社会的なルールに基づいた正当な権利に関連すること)に飢饉問題の核がある。

つまり、飢饉が生じるのは、食糧供給が不足するからではなく、食糧を手に入れる能力や権利を失うからである。

食糧を入手できるかどうかに影響をもたらす要素は、食糧供給量と所得、政策などが挙げられます。

そして一般的な飢饉の解釈では、食糧供給量に関心が向きます。

しかし、センはこの焦点の当て方が問題の本質を見誤らせている、と主張します。

事実、食糧供給が不足していない場合でも、飢饉は発生しています

彼は、飢饉の根本原因が収入の減少や食糧価格の高騰であることを証明するために、いくつかの事例を紹介します。

ベンガル大飢饉

ベンガル大飢饉とは、1943年にイギリス領インド帝国の一部であるベンガルにて発生した飢饉です。

政府の発表によると、この年の飢饉による死者は150万人とされていますが、実際にはこの倍はいたとも言われます。

なぜこのような大惨事が起こってしまったのでしょうか?

政府の見解では、飢饉の主な原因はサイクロンに伴う洪水や、カビ病害の発生による穀物の収穫量の減少である、とされています。

しかし、センはこの一見正しそうな主張を否定します。

なぜなら、実際の1943年の食糧供給量は飢饉が発生しなかった1941年と比較して13%も高かった、というデータがあったからです。

彼の考える飢饉の原因は、賃金と食糧価格の関係でした。

飢饉が発生した当時、年当たり平均賃金指数は100→130にゆっくりと上昇していました。

つまり、労働者が得られる賃金に大きな変化はありませんでした。

一方、食糧穀物価格指数は100→385に急激に上昇、実に4倍にもなっていました。

つまり、生きていくために必要なはずの食糧の値段が急激に上がっていたのです。

食糧価格の急激な上昇

急激な食糧価格の上昇はなぜ引き起こされたのでしょうか?

これは、政府の市場への介入が原因です

ベンガルの中心都市コルカタは、イギリスにとって非常に重要な都市でした。

彼らはこの都市における重要なポジションを担う人々(工場労働者や政府関係者、鉄道や港などインフラに関わる人々)に優先的に食糧を配給しました。

本来は十分な供給量があったはずの穀物は、政府の介入によってバランスを崩し、食糧価格は大幅に上昇してしまったのです。

多くの人は穀物を購入することができず、政府からの食糧配布も間に合わず、大量の生活困窮者を生み出しました。

簡潔にまとめると、ベンガル大飢饉というのは、特定の人々への食糧補助を行った結果、食糧価格が上昇、多くの労働者が困窮を極めた結果の飢饉、ということです。

センはこれを、”好況時の飢饉(boom famine)”と表現しました。

バングラデシュ飢饉

バングラデシュ飢饉は1974年にバングラデシュにて発生した飢饉です。

公式な発表では死者は2.6万人とされていますが、実際はこれよりも多いとされています。

また政府の見解では、洪水による氾濫が原因で、食糧供給量が減少し、食糧の値段が高騰したとされています。

センはこの飢饉も根本的な原因は賃金と食物価格の関係性だったとしています。

洪水が発生する前から、米の価格は急上昇しており、権原関係に間違いが生じていたからです。

また、バングラデシュ政府の判断ミスも飢饉の要因となったと彼は言います。

アメリカが食糧面での支援を要請するも、彼らはキューバとの貿易を優先するために却下しました。

つまり、バングラデシュ飢饉もまた食糧供給量の減少が飢饉の根本原因ではなかったわけです。

不都合な市場の原理

本来は全ての人々が持っているはずの、食糧を入手するという権利は、時として失われてしまいます。

また、国内では飢饉が発生していながらも、国内で生産された食糧が海外に輸出される例も珍しくはありません。

これらは市場の原理を考えると、ある意味では当然のことなのです。

市場というのは社会のあるべき姿を作り出してくれる魔法のツールではなく、単純に需要と供給によって左右されるシステムです。

商品を供給する際には、お金がない飢えている地域よりも、金銭的に豊かな飢えていない地域に供給したほうが、利益は上がるでしょう。

つまり、市場に任せっきりでいると、自然発生的に飢饉が起こってしまうのです

現代では、自然災害などによる食糧供給量の低下よりも、何かの理由で労働者たちが突然購買力を失う可能性の方が高いでしょう。

民主主義の役割

近代になっても飢饉が発生してしまう国は、その多くが独裁主義国家です。

イデオロギーやトップの意思が優先され、国民の現状は後回しにされがちなのです。

逆に民主主義の国では飢饉はほとんど起こりません。

なぜなら、民主主義の名において国民は、基本的な生活を営めるぐらいの保障を国に要求することができるからです。

事実、インドは1947年に独立に成功し民主主義国になりましたが、それ以降は飢饉が発生していません。

民主主義のメリットは他にもあります。

それが、報道の自由です。

独裁主義国家は自分たちにとって都合の悪い情報は隠ぺいすることがありますが、民主主義国家においては、それは禁じられます。

正しい情報の流通を通して、民主主義は飢饉から人々を守るのです。

政府が国民の福祉に注力するように社会的な圧力をかけられるのは、民主主義だけなのです。

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まとめ

この記事では、アマルティア・センの著書「貧困と飢饉」について解説しました。

飢饉の原因は食糧供給量の低下ではなく、国民の貧困化、もしくは食糧価格の急激な上昇である、という主張は、飢饉を理解する新たな視点を与えてくれます。

事実として、彼の主張がきっかけで開発経済学という新たな方向性が経済学に生まれました。

ぜひ参考にしてみてください😆

以下記事のまとめです。

アマルティア・センとはインドの経済学者である。

彼の主張は以下の通り

  • 権原関係(食糧の入手、交換、あるいは使用などの、社会的なルールに基づいた正当な権利に関連すること)に飢饉問題の核がある。
  • 飢饉が生じるのは、食糧供給が不足するからではなく、食糧を手に入れる能力や権利を失うからである。
    • 具体例として、ベンガル大飢饉やバングラデシュ飢饉を挙げた。

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