現在の経済学界において、非常に注目されているのが行動経済学です。
既存の経済学に心理学の観点を加えることで、より現実に則した理論を構築しています。
そして、この行動経済学の草分け的存在がリチャード・セイラーです。
彼は、伝統的な経済学の”合理的な選択をする人間”という前提を一蹴し、人間とはもっと非合理的で感覚的な生き物である、という主張に基づいた経済理論を提唱しています。
この記事では、セイラ―の著書である「行動経済学の逆襲」について解説していきます😆
リチャード・セイラーとは
リチャード・H・セイラー(1945-)は、アメリカの経済学者です。
行動経済学の理論家であり、同分野の草分け的存在として知られています。
2017年にはノーベル経済学賞を受賞しています。
1945年にニュージャージー州で生まれたセイラーは、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で学士号を取得、1974年にロチェスター大学で経済学博士号を取得します。
1970年代にダニエル・カーネマンとエイモス・ドヴェルスキーによる人間の合理性の限界に関する研究論文を読んだことで、人間の心理と経済学の関係性に興味を持ちました。
現在は、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスにて行動科学・経済学の教授を務めています。
彼の著書には「行動経済学の逆襲」「セイラー教授の行動経済学入門」「実践行動経済学-健康、富、幸福への聡明な選択」などがあります。
セイラー「行動経済学の逆襲」の解説
「行動経済学の逆襲」(2015)はリチャード・セイラーによって書かれた経済学書です。
今までの経済学を根本からひっくり返すような彼の主張は、現在の経済学界に衝撃を走らせました。
”逆襲”というタイトルは、行動経済学の出現を表現するのに最適な言葉でしょう。
以降、詳しく解説していきます。
経済学の前提を変える
古典的な経済学は、ホモエコノミカス(経済人)と呼ばれる架空の人間をモデルにしています。
ホモエコノミカス(経済人)とは、経済合理性に基づき個人主義的に行動する人間像を指す
常に合理的な選択と判断を繰り返す人間像ということです。
しかし実際の人間は、経済的な観点から常に合理的に行動できているでしょうか?
おそらくできていません。人間は非合理的な存在ですし、よく間違った判断をします。
例えば、セイラーが教授として生徒たちにテストを提供しました。
平均点は72/100と、普段より少し低めとなったため、学生はセイラーに試験が難しいと抗議します。
セイラーはこの抗議を踏まえて、次のテストの満点を137点に変更、テストの平均点は90点代となり、実際の難易度は変わっていませんが、学生からの抗議はなくなりました。
実際の人間はホモエコノミカスではなくヒューマンです。
ヒューマンは非合理的だし誤った振る舞いをすることもあります。
既存の経済学は、人間をあまりにも数字的・機械的に扱いすぎているのです。
だからこそ、経済学の予言は外れ、世界金融危機の到来も予測できなかった、セイラーは主張します。
人間は非合理な存在
人間は合理的選択理論とは矛盾するような行動をよくとります。
具体的にいくつかの事例を考えてみましょう。
- 店で見たときはあまり好みではないシャツだったが、大切な人から貰うとお気に入りになる
- 45ドルのラジオを買うなら車で10分の遠くにあるお店で10ドル節約する、でも495ドルならその場で買う
- セールやお得という売り文句があると、本当は必要ないはずのものを買ってしまう
古典経済学では人間には自制心があり、将来まで見通したうえで合理的な判断をするから、意志の問題は存在しない、と考えます。
しかし現実では人間の意志は弱く、色々なものに影響を受けています。
行動経済学では、より実物大の人間をモデルにし、近視眼的で目の前の利益や快楽を求める傾向を前提にしています。
行動経済学の理論
人間の知力には限界があることが分かっています。
だからこそ、我々は経験則(ヒューリスティック)や感情などを用いて、非合理的な判断を行うのです。
そして多くの場合、ヒューリスティックは万人に共通しており、行動経済学の理論として成り立たせることができます。
人間の予測可能なエラーを踏まえた上で構築される行動経済学が、経済学の新たな地平を切り拓きます。
例えば行動経済学の理論で有名なのが、ナッジ理論です。
ナッジ理論とは文章の内容や表現方法を変えることで、その人の心理に影響を与え、行動に変化をもたらす、という理論を指す
ナッジとは、肘で軽く突く、という意味の英単語であり、少しの後押しが当人の行動に大きな影響を与えることを示唆しています。
例えば、イギリスのキャメロン首相が作った”行動洞察チーム”がナッジ理論を利用して税金滞納者の納税率を高めた事例があります。
彼らは、税金の催促状に「あなたは今のところまだ納税していない、ごく少数派の一人である」という文面を加えました。
すると、納税率は5%上昇し、900万£の影響をもたらしました。
また、プロスペクト理論と呼ばれる理論も有名です。
プロスペクト理論とは、利益を欲しがる以上に損失を避けたがる人間の傾向を指す
新しいものを手にいてた時のメリットよりも、今自分が所有している物を失った時のデメリットの方に注意が向きがちなのです。
また、このプロスペクト理論は、保有効果を生み出します。
保有効果とは、既に持っているものに価値を感じることを指す
合理的に考えれば人間に大切なのは絶対的な富の水準であり、それ以外は関係ありません。
しかし、実際の人間は相対的な効用や富の変化、感情の上下などを重要視します。
これが、人間が誤った行為をしてしまう原因なのです。
メンタル・アカウンティング
人間の心理について、特に金銭や富の考え方に関する理論をメンタル・アカウンティングと呼びます。
例えば、ギャンブルをするときは、一度失ってしまった自分のお金を取り返そうと躍起になってしまうことがよくあります。
一方、ギャンブルで儲かったお金は自分のお金ではなく偶然手に入れたお金なので、すぐに使ってしまいます。
合理的に考えれば同じ金銭ですが、当人にとっては大きな違いがあるのです。
特に、何に使ってしまいもう取り返すことができないコストのことを、サンクコスト(埋没費用)と呼びます。
また、多くの人はお得感を求めています。
これは実際にお得かどうかは重要ではなく、お得感を感じられるかがポイントになります。
つまり、常に低価格で商品やサービスを販売している企業は損している、ということです。
そうではなく、セールやクーポンなどでお買い得な商品を得る方が、顧客の満足度は上がります。
これを取引効果と呼びます。
リバタリアン・パターナリズム
行動経済学の理論を用いることで、人間の選択や決断はある程度コントロールできるようになります。
現代社会における企業のマーケティングや広告などは、これらを駆使しています。
つまり、選択の自由を与えられているように見えて、じつは全て設計された通りに誘導されているのです。
自分の意志だと思っていた決断が、実は行動経済学の理論に基づいてセッティングされていた、なんてことはざらにあります。
しかし、それでは人々の行動を制限して利益を回収する極悪非道な学問じゃないか!という批判が飛んでくるのは目に見えています。
だから、セイラーはリバタリアン・パターナリズムという思想を行動経済学に当てはめています。
リバタリアン・パターナリズムとは、望ましい選択が明らかな場合はその選択肢を選びやすいように誘導すると同時に、それを拒絶する自由も提供する、という思想を指す
数々の行動経済学理論の組み合わせは、想像以上に威力を持ちます。
一歩間違えば、人権侵害などの危険も発生するかもしれません。
しかし、人間のありのままを投影した経済学であれば、より精度の高い社会設計ができるようになる可能性も大いにあります。
これからの行動経済学の発展に注目が集まっています。
リチャード・セイラ―「行動経済学の逆襲」まとめ
この記事ではセイラーの「行動経済学の逆襲」について解説しました。
経済学に心理学の要素を加えることで、より現実に即した形で理論を構築できるようになった行動経済学は、いま非常に注目されている学問です。
ビジネスへの汎用性もあり、マーケティングなどには特に効果があると言われています。
ぜひ参考にしてみてください😆
以下、記事のまとめです。
- リチャード・セイラーとはアメリカの経済学者である。
- 行動経済学とは、既存の経済学に心理学の観点を加えたもの
- 常に合理的な選択をするホモエコノミカスではなく、非合理で感情的なヒューマンをモデルにしている
- ナッジ理論やプロスペクト理論、サンクコストや取引効用など様々な理論がある
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