日本人を日本人たらしめる文化として武士道が存在します。
切腹やちょんまげなど、古くから日本には非常に特殊な思想が存在していました。
この武士道について、あなたはどれくらい知っていますか?
実は気付かないうちに、あなたの性格や態度に武士道が現れているかもしれません。
この記事では、新渡戸稲造「武士道」について解説していきます😆
新渡戸稲造とは
新渡戸稲造(1862-1933)とは、日本の教育者・思想家です。
過去に国際連盟の事務次長を務めており、彼の著書である「武士道」は名著として長年読み継がれています。
1862年に南部藩士の子として生まれた新渡戸は、若いころから海外に憧れ、太平洋の懸け橋になりたいと願っていました。
青年になった新渡戸は、アメリカやドイツに留学し農業経済学や農学について研究します。
帰国後は教育者として札幌農学校などで教鞭をとり、学問を広めていきました。
そして1920年、紆余曲折を経て国際連盟の事務局次長に就任し、世界平和のために尽力したのでした。
新渡戸稲造「武士道」の解説
「武士道」とは新渡戸がアメリカ人向けに英語で書いた本です。
内容は主に4部構成になっています。
- 武士道の起源と源泉
- 武士道(日本人)の性格と教え
- 武士道が民衆にもたらした影響
- 武士道の未来
今まではなんとなく日本に存在していた文化としての武士道を、新渡戸が体系化したのでした。
なぜ新渡戸は「武士道」を書いたのでしょうか?
それはあるベルギーの学者との会話がきっかけだったそうです。
「日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳心を養うのか?」
と聞かれた際に回答に困ったため、本を出版し武士道について知ってもらおうとしました。
事実、日本人の道徳信には武士道は非常に密接にかかわっていました。
それを知っていた新渡戸は、アメリカ向けに英語で「武士道」を書いたわけです。
武士とは
そもそも武士とは何でしょうか?
武士とは戦闘を職業とする集団です。
そしてこの集団の中で養われた共通の概念が武士道です。
この共通の概念には、戦士が日常の生活内で行う義務や掟などについてが含まれています。
江戸時代、武士は日本国民の中で支配階級に属していました。
士農工商という序列があり、明治維新による四民平等が達成されるまでは、人々を支配する階級だったのです。
彼らは働かずして金銭を得ていました。
身分が高いので、働かなくても金銭が自動的に集まるシステムがあったのです。
しかし、高貴には義務が伴います。
武士たちは、非常に高い道徳心を求められました。
身分が高いゆえに、通常の人間よりも厳しい義務や倫理に縛られていたのです。
武士道について
武士たちの間に広がった武士道の思想は、やがて一般市民にまで広まります。
支配階級の思想は一般階級の人々まで浸透するのが世の常です。
武士道は現在では、誰もが日常的にとる態度や思想に反映されているのです。
ここからは、武士道についてより詳しく見ていきましょう。
忠義
武士道の最も特徴的な部分は忠義でしょう。
武士道を持つものは、忠義が身内への愛情や孝行よりも上にきます。
何よりも忠義を大切にするのです。
武士は、国の為であれば命を落とすことも辞さない覚悟(忠義)を持っていたのです。
個人は国家の為、もしくはその正当な権威を掌握するもののために生き、また死なねばならなかった
「武士道」
武士道にはいくつもの徳目があります。
基本的な構図は、「忠義=義+礼」です。
義=卑怯や不正を憎しみ正しいことを行う
礼=社会的な地位や秩序に対する従順さ
そして、義は以下の3つから
勇=勇気を持って行動する
智=英知、儒学などを学び、人間への洞察力を養う
仁=武士の情け、慈悲の心をもって政治を行う
礼は以下の2つから
仁=武士の情け、慈悲の心をもって政治を行う
信=常に誠実であること、武士に二言はない
それぞれ成り立っています。
つまり、全ての倫理的に正しい行為は、最終的に忠義へとたどり着くのが武士道なのです。
名誉こそが目的である
ひたすらに忠義を尽くして、国や君主のために従い続けることは非常に大変です。
彼らだって1人の人間なので、どんなに優れた人間であっても、国家の為というモチベーションだけではいつか気持ちが折れてしまいます。
だからこそ、武士道には名誉という別の目的が存在しています。
忠義を目的とした徳目が存在しておきながらも、武士たちは自らの名誉を得ることを目的としていました。
主君を立てる、国を立てることをしながらも、根底は自らのモチベーションがあったのです。
建前として忠義があり、本音として名誉がある
これは決して悪い事ではありません。
忠義を果たすことで、彼らは名誉を得ることができるのです。
国家や君主にとっても、武士にとっても良い仕組みだったのです。
責任の取り方”切腹”
武士は責任を取るときに”切腹”をします。
これは外国人から特に理解されがたいポイントです。
この江戸時代が終わるまで続いた、自らの腹を切って自害する文化には、どのような意図が隠されているのでしょうか?
切腹は、罪を償い、恥を逃れ、友を救い、自己の誠実さを証明するために行います。
武士は戦士であるために、死を恐れてはいけません。
戦士として、死ぬことは名誉であり、君主のために死ねることは特に素晴らしい事なのです。
名誉的にも、敵将の首を持ってくるよりも戦死する方が上であるというのだから、驚きです。
切腹すると全ての罪が許されます。
責任を取ったと理解されるので、家族の財産は奪われず、自分の家も守ることができます。
武士道とは自己犠牲の精神であり、この切腹はその具体例なのです。
主君や家を守るためには、自分の命は惜しくない、そのような姿勢を体現しているのが切腹です。
ちなみに現代でも切腹の文化は残っています。
さすがに物理的に腹を切るわけではありませんが、会社で不祥事を起こした社員はクビにされ、責任をとらされます。
武士道という文化は、我々の生活にしっかりと根付いているのです。
克己
武士道の特徴の1つに、克己、というものがあります。
自分の気持ちに反していたとしても、自分を押し殺して相手のことを思いやることができる、それが武士道の素晴らしいところです。
いくつかの事例を見てみましょう。
行き過ぎた礼儀
熱い日差しの中で話をしている男性と女性がいます。
女性は日傘を持っておらず、男性は日傘をさして会話をしています。
すると、男性は自分だけ日傘をさしていることが申し訳なくなり、傘を閉じて女性と同じく日差しに当たるようにします。
外国人からすると訳が分からないような行為ですが、非常に思いやりのある礼儀正しい行為でしょう。
耐える美徳
どんなに辛いことがあっても、人前に出るときは感情を顔に出しません。
例えば夫が亡くなったばかりの未亡人が家で泣いていたとしても、友人が家を訪ねてきたら、無理やりでも笑顔で対応するのです。
自分の感情をそのまま相手にぶつけるのは失礼に値するので、自分の感情を押し殺して耐え、相手に合わせるのです。
これもなかなか理解されがたい文化ではありますが、非常に優しさに溢れています。
必要以上の謙遜
贈り物をする際に、あなたは相手に何と言いますか?
外国人の場合は、「最高のプレゼントをあなたに」と言います。
日本人の場合は、「つまらない物ですが」と言います。
なぜ日本人はこのような言い方をするのでしょうか?
実は両者考えていることは同じで、どちらとも相手を敬っています。
ただ、日本人の場合は、あなたみたいな素晴らしい人にふさわしいプレゼントはこの世に存在しないよ、という謙遜が含まれているから、つまらない物、と表現するのです。
本当につまらない物だとは思っておらず、そこにもまた思いやりの心があるのです。
ストイックな優しさ
日本人の克己の精神は非常に優れたものですが、少し行き過ぎている気もします。
なぜここまでストイックな文化に成長したのでしょうか?
そこにはロジックがあります。
日本人は武士道の徳目として、勇と礼を持っています。
この2つが謙遜の文化を強化したのです。
詳細には、相手を巻き込んではいけないという”思いやりの精神”と、己はかみ殺すことが美徳であるという”恥の文化”が合体し、行き過ぎた謙遜や克己が生まれたのです。
とはいえ、常に自分ではなく相手主体で物事を考えて行動できる日本人の文化は素晴らしいものです。
この文化は、日本人の元からの性質がないと定着しなかったでしょう。
日本人には相手を思いやるという素質が元から備わっていたのです。
新渡戸も「武士道」の中で、
「日本人はどんな民族にも劣らぬほどに優しい」
と表現しています。
武士道の欠点
名誉を求め謙遜をし、恥を嫌う武士道の文化は、完璧主義を生み出してしまいます。
これが時として悪影響をもたらすことがあります。
行き過ぎた美徳は悪徳になりうるのです。
例えば、日本人はあまりにも周りに気を使いすぎて、必要以上に空気を読んでしまいます。
すると、活発な意見の交換や良い人間関係を構築するのが難しくなってしまいます。
また、多くの人が名誉を意識して完璧主義に陥っているので、自分ができるようになるまではそれを公表しようとしません。
例えば英語学習をしても、その英語を披露することを嫌う人は多いでしょう。
武士の文化であった武士道は、長い年月を通して一般大衆にも受け入れられるようになりました。
名誉や恥の意識は国民にまで伝わり、それは良い面でも悪い面でも、大きな変化をもたらしたのです。
大義のために尽くせ
現代社会は、大きな西洋の流れに汲まれ、どんどん日本らしさが薄れてきています。
終身雇用や年功序列はなくなり、社会のシステムも大きな変化を遂げています。
そんな世界情勢の中で、日本人は自信を無くし始めているようにも思えます。
しかし、日本人の根底には思いやりの心、武士道があることを忘れてはいけません。
武士道の根幹は「一人ひとりが世の為人の為に尽くす」ことにあります。
自らを犠牲にしてまでも大義のために尽くすことは簡単ではありません。
大きな覚悟と、強い意志が必要でしょう。
しかし、日本人にはその素質があります。
どんな民族よりも優しい心を持っている日本人であれば、日本のみならず世界のために大義を尽くすことができるのではないでしょうか?
新渡戸稲造「武士道」まとめ
武士道とは日本人の思想の根幹を成す文化です。
武士道には、切腹や克己など特殊な風習がいくつもありますが、その根底には圧倒的な優しさが存在しています。
先の見えない現代だからこそ、武士道の重要性が高まっているのかもしれません。
ぜひ参考にしてみてください😆
- 武士道は武士の間で醸成された共通の概念である
- 武士道とは
- 忠義を目的とするが、個人としての名誉のモチベーションもある
- 責任を取る方法として”切腹”を採用している
- 相手を思いやる気持ちから克己の精神を生み出した
- 行き過ぎた謙遜や完璧主義は、時として短所になる
- 大義のために尽くせ
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