映画「マトリックス」をご覧になったことはありますか?
仮想現実空間と現実空間のギャップが非常に興味深い作品となっています。
そして、この「マトリックス」という作品は、実はボードリヤールの著書「シミュラークルとシミュレーション」を参考に作られた、と言われています。
この記事では、そんな「シミュラークルとシミュレーション」について解説していきます😆
ボードリヤールとは
ジャン・ボードリヤール(1929-2007)はフランスの哲学者・思想家です。
ポストモダンの偉大な理論家として知られており、現代思想に大きな影響をもたらしました。
彼の主な著書には、「消費社会の神話と構造」「シミュラークルとシミュレーション」などがあります。
ボードリヤールは1929年にフランスはランスにて生まれます。
両親は公務員である、彼の家庭で大学に行ったのは彼が初めてでした。
ソルボンヌ大学に入学し博士号を取得したのちに、パリ大学ナンテール校にて教職に就き、その後ヨーロピアン・グラジュエイト・スクールにて教授を務めました。
彼の思想は多くの人々に影響を与えました。
例えば、映画「マトリックス」は彼の著書「シミュラークルとシミュレーション」に着想を得て制作されました。
日本人経営者の堤清二はボードリヤールの著書『消費社会の神話と構造』などに触発されて1980年に無印良品を始めました。
ボードリヤール「シミュラークルとシミュレーション」の解説
「シミュラークルとシミュレーション」(1981)はボードリヤールによって書かれた哲学書です。
メディア中心の資本主義社会を指す”ハイパーリアル”という概念を中心に、世界の現実と空想が移り変わっている様子を考察した本作は、とても興味深い作品となっています。
また、哲学書という分類でありながらも、大衆向けに作られた作品であるため、非常に読みやすいのも特徴です。
以降。詳しく解説していきます。
シミュラークルとシミュレーションとは何か?
そもそもタイトルにある”シミュラークル”と”シミュレーション”とは一体なんでしょうか?
シミュラークルとは、フランス語で「虚像」「イメージ」「模造品」などを意味する言葉である
シミュレーションとは、何らかのシステムの動作を、他のシステムや計算によって模擬すること、を意味する言葉である
シミュラークルもシミュレーションも、空想やイメージ、仮想現実などを示す言葉なのです。
そして、本作でのボードリヤールの主張は、人間が巨大なシミュラークル(シミュレーション)の世界に取り残されている、というものです。
つまり、我々が現実だと思っている世界は、実は空想の世界である、ということです。
彼は、個人の自由意志は幻想にすぎず、人々はメディアが発信するあらゆるものを映し出す装置になり、結果としてイメージと記号の消費だけが目標になっているのが、現代社会である、と考えます。
全てのものは複製可能であり、たった一つしか存在しないはずのリアルはなくなり、むしろ複製され大量生産された物の方がリアルになるのです。
このように、現実と空想の区別がつかないような世界を”ハイパーリアル”と呼びます。
そして、ボードリヤールはこの”ハイパーリアル”の世界とは、メディアが大きな権力を握る資本主義社会である、と主張します。
ハイパーリアルの世界
ハイパーリアルの世界では、現実と空想の間に区別が存在しません。
つまりは、人間は巨大なシミュレーション世界を生きている、と言うことができます。
例えば、紙幣は単なる紙切れであり、硬貨は単なる金属の塊です。
しかし、我々はそれをお金と認識しています。表象ではなくそれが本物であると理解しているのです。
全ての物は抽象化していき、実在の価値が一層高まります。
ここで重要なのは、偽物と本物の区別はつかず、さらにそこには審判も存在しない、という事実です。
紙幣は単なる紙切れなのでしょうか?それとも価値のあるお金なのでしょうか?
どちらの解釈が正しいのか、その審判を下せる人はいません。
ジャングルで暮らしている人からすれば単なる紙切れでしょうし、都会に住む現代人であればお金と認識するでしょう。
もう1つ重要な事実は、シミュラークルとシミュレーションの世界に一度入ると、脱出することは非常に難しいということです。
なぜなら、シミュレーション世界と現実世界の違いはほとんど存在しないからです。
偽物と本物の区別をする審判がいないように、シミュレーション世界があまりにも一般化しすぎると、むしろシミュレーション世界が現実となってしい、それに気付くこともできないのです。
地図の具体例
ボードリヤールは地図の具体例を使ってハイパーリアルの世界を説明します。
地図とは現実世界において目的地にたどり着くための道具であり、抽象です。
しかし、現在では地図の方がむしろ現実になっている、というのです。
地図がリアリティを持つようになり、本来の役割である目的地までたどり着くための抽象、という意味合いは薄れてきているのです。
今までは地図と現実には確実に違いがありました。
地図は完全なまでの正確性は有しておらず、ある程度の抽象化で留まっており、それが地図の魅力でもありました。
しかし、現在はテクノロジーを駆使して、地図をできるだけ現実に近づける努力をしています。
現実よりもむしろ地図の方がリアルに感じる時代がくるかもしれません。
シミュラークルとしてのディズニーランド
我々は、ディズニーランドは空想の世界であり、おとぎの国の世界であると感じています。
ディズニーランドは非現実的であるからこそ、ディズニーランド以外の場所は全て実在であり現実である、というように考えるのです。
ディズニーランドは空想世界、それ以外は現実世界、というロジックです。
しかし、ボードリヤールはディズニーランドこそがシミュラークルの代表例だとしています。
ボードリヤールは、ディズニーランドは空想世界ですが、それ以外の現実世界もまた空想世界であると主張します。
ディズニーランドは、この世界に真実と偽物の区別が存在している、という幻想を支えるための道具である、と考えたのです。
彼の考えるハイパーリアルの世界は、アメリカや日本を含めた世界を覆っています。
現代では、世界中がシミュレーション世界に属しているのです。
政治
ハイパーリアルな世界の政治はどうなるのでしょうか?
ボードリヤールは、政治の本来的な伝統的権力は失われてしまう、と主張します。
民主主義は自由意志を持った国民がそれぞれの意見を持ち、それを多数決で選び取る、という仕組みです。
しかし、そこにメディア中心の資本主義社会という前提が生まれると、民主主義の仕組みは崩壊してしまいます。
資本主義のメディアは経済や利益だけを追求します。
結果的にメディアにとって好都合な情報だけを取捨選択し提供、国民の自由意志はメディアによって大きく捻じ曲げられ、それが選挙や政策に反映されます。
政治権力が持っていたはずの影響力は、もはやメディアに乗っ取られてしまったのです。
ボードリヤールは、資本主義のメディアが、真と偽の理想的な識別を最初に破った、と表現しています。
メディア
メディアはハイパーリアルの世界において最も重要なポジションに位置しています。
彼らは様々な方法で情報を提供しますが、ボードリヤールは、それこそが文化の核心になっていると言います。
彼らは心理学や行動経済学を駆使し、ストーリーや記号を使って、商品のイメージを生み出します。
消費者はそれに乗じて、商品のイメージを購入し消費します。
シミュレーション世界に生きる我々は、シミュラークルを消費して生きているのです。
自由意志の元に行われる個人の経済行動という概念は、もはや幻想の域に達しています。
現代人の多くは、テクノロジーと消費者文化に飲み込まれてしまいました。
メディアが「これは素晴らしい商品です!」と言えば、消費者はその商品をこぞって買うのです。
ボードリヤールは、個人とは自己の働きではなく、メディアや広告の流布するアイデアやイメージを消費、再生産する装置である、と表現します。
ボードリヤール「シミュラークルとシミュレーション」まとめ
ボードリヤールは著書「シミュラークルとシミュレーション」を通して、現実がハイパーリアルの世界に移り変わっていることを主張しました。
今までは記号が真理を示すための道具だったのに、気付いたら記号自体が真理になっていた、ということです。
目的のための手段なのに、気付いたら手段が目的になっていた、といったことは私たちの中でもよくあることです。
彼の主張は、世界の見え方を大きく変化させてくれます。
ぜひ参考にしてみてください😆
以下記事のまとめです。
- ボードリヤールはフランスの哲学者・思想家である
- 彼は、現実世界がハイパーリアルの世界(メディア中心の資本主義)に移り変わっていることを主張した
- ハイパーリアルの世界では、人間はメディアの作るイメージを消費・再生産するだけの存在となる
- 真理を示すための記号は、気付いたら真理になっていることがある
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