現代は経済的な格差拡大が叫ばれる時代です。
そんな人々の声を救い上げるかのように登場した「21世紀の資本」という著書は、経済学書としては異例のベストセラーとなります。
なぜ経済は発展し、社会はより良くなっているはずなのに、格差は拡大しているのでしょうか?
この記事では、トマ・ピケティ著「21世紀の資本」について解説していきます。
トマ・ピケティとは
トマ・ピケティ(1971-)とは、フランスの経済学者です。
歴史的な観点から、経済的な格差についてを研究していることで有名です。
2002年にフランス最優秀若手経済学者賞を受賞し、現在はパリ経済学院の教授として勤務しています。また、社会科学高等研究院の研究部門代表者でもあります。
主な著書には、「21世紀の資本」「格差と再配分ー20世紀フランスの資本」などがあります。
ピケティは1971年にパリで生まれ、名門のパリ高等師範学校にて数学と経済学を学びます。
22歳のときに、社会科学高等研究院とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスから経済学博士号を取得しています。
彼の富の再配分に関する論文は、フランス経済学会から最優秀論文賞を与えられていました。
彼はMITにて教鞭をとった後、社会科学高等研究院の教授として就任し、2006年には、新設のパリ経済学校の初代代表となります。
現在はパリ経済学校の教授として勤務する傍ら、「世界の富と所得のデータベース」を共同管理し、研究を続けています。
世界の富と所得のデータベースはこちらになります。

トマ・ピケティ「21世紀の資本」の解説

「21世紀の資本」(2014)はトマ・ピケティによって書かれた経済学書です。
経済学の書物の中では史上まれにみるほどの大ヒットを記録しています。
700ページを超える大作なのですが、英語版はベストセラーとなっているのです。
本書の主な内容は、現在の所得格差(経済格差)の拡大に関する問題提起と、それに対する具体的な解決策の提案です。
以降、詳しく解説していきます。
クズネッツ曲線は嘘

多くの経済学者が格差について語る時には、ある問題点がありました。
それが、過去の経済学を学ぶことによって、間違った思い込みや正しい事実の欠落などが生じることです。
ピケティは過去3世紀分の膨大なデータと100を超える図や表を用いて、できるだけ正確に格差の問題を解明していきます。
例えば、過去に経済学者の間で流行った理論で「クズネッツ曲線」というものがあります。
アメリカの経済学者サイモン・クズネッツによって提唱された理論で、経済成長と所得格差についてを説明しています。
ロジックはとても単純で、新たな技術が発明されると最初に儲かるのは資本であり、工業化が進んでいる段階であれば、労働よりも資本の方が多くの利益を得られます。
しかし、さらなる工業化が進むと、実質所得が増加するため、労働者たちも恩恵を受けるようになります。
つまり、経済が成長するとき、初めは格差が広がりますが、時間が経つにつれて全体の所得は増加し、格差は収縮していく、という理論です。
ピケティは景気が上向けば、皆がその恩恵を受ける(トリクルダウン)、という短絡的なクズネッツ曲線の理論に同意はしますが、正確ではなくとしています。
クズネッツ曲線の理論ではある程度の期間で労働者にまで富がもたらされる、としていますが、ピケティはこの部分に問題があると指摘します。
なぜなら、イギリスの向上労働者の所得が増加したのは、産業革命が起こってから何世代もの時間がたった、19世紀最後だったからです。
彼は、クズネッツ曲線は、冷戦期における資本主義のメリットを貧困国に教えるためのイデオロギーに先行される理論だったと結論付けています。
経済格差の根本原因は「r>g」

インターネットをはじめとする新しいテクノロジーは人々の生活を急速に変化させました。
そして、一部の人々に莫大な財産をもたらした一方で、多くの労働者階級の人々の賃金は変わりませんでした。
例えば、アメリカにおける最低賃金は1969年に最大値で時給10ドルでしたが、現在は7ドルまで減少しています。
高品質な教育や、スキルを学ぶための訓練学校などが存在しているのにも関わらず(市場の効率性が作用しているにも関わらず)、格差の拡大は止まりません。
ピケティは経済格差の根本原因は「r>g」が示している、と主張します。
rは資本収益率を、gは経済成長率を指し、r>gが成り立つとき、貧困層や中流階級の労働者の賃金は増加しないが、富裕層は資本から富を簡単に増やすことができます。
経済格差の原因は「r>g」
r=資本収益率(the rate of return on capital)
g=経済成長率(the rate of economic growth)
現在は経済成長の停滞期であると言え、国富に占める資本の割合は大幅に高まっています。
つまり、労働したり自らビジネスを始めるよりも、不動産や株などの資本を運用することによって利益を得る方が、儲かるということです。
そして、経済発展に伴う新たな富の生産が頻繁に行われない限り、既存の富の重要性はさらに高まっていきます。
ピケティは、市場の自由化や完全競争を目指す規制緩和を行っても意味はない、と言います。
現状では、労働者よりも資本に利益をもたらす構図ができてしまっているからです。
経済成長

経済成長を引き起こす要因は、人口増加と労働者1人当たり生産性の向上です。
経済成長=人口の増加×労働者1人当たり生産性の向上(機械などの資本ストックや技術の進歩)
歴史的に振り返ると、過去の経済成長の大半は人口増加によって引き起こされてきました。
しかし、産業革命がこの状況を一変させました。
例えば、1700-2012年までのフランスの経済成長率は1.6%であり、その成長要因の半分は労働者1人当たり生産性の向上です。
第二次世界大戦後30年間のフランスは、技術の進歩やベビーブームの到来、戦後の復興努力などの影響により、高い成長率を達成しました。
この時期には格差は是正され、資本の運用で得られる利益よりも圧倒的に労働して得られる利益の方が良かったです。
多くの人はこの高度成長が長期にわたって続くと考えましたが、ピケティに言わせると、これは例外的な時期でしかなかったのです。
現在の世界を見渡すと、人口増加は減速、先進国は経済成長速度が落ちています。
つまり、格差は広がりを見せるばかりなのです。
格差との関係性

急速な人口増加や経済成長がどのように格差に影響するのかを具体的に考えてみましょう。
急速な人口増加が発生した場合、親からの相続財産は減少します。
なぜなら、子供が多ければ多いほど1人あたりに与えられる相続財産は減るからです。
だったら、親からもらえる少ない財産を運用するよりも自分で働いたほうが稼げるのです。
また、急速な経済成長が発生した場合、自分の親が昔稼いでいた収入よりも、現在の自分が働いて稼ぐ金額の方が大きいです。
技術の進歩や産業自体の構造改革、新たな職業の誕生や社会的流動性の向上により、資本よりも所得の方が優位になっているからです。
では現在はどうなっているでしょうか?
多くの国では成長が鈍化し、資本の貯蓄率が上昇しています。
社会や産業の構造は変わらず、同じような人々に資本が受け継がれ、社会的な流動性は失われ硬直化しています。
そんな状況が続けば、富の重要性が賃金などの所得よりも資本に移ってしまうのは自然でしょう。
経済が発展していないから、賃金労働は割に合わなくなってしまうのです。
2種類の富裕層

現在の格差社会には、2種類の富裕層が存在するとピケティは指摘します。
それが、莫大な相続財産を持つ不労所得者と圧倒的なスキルを持つスーパーエリートです。
前者は親や親族から相続された富で生計をたて、低賃金で労働者を雇います。
具体的には、アンシャンレジーム期のフランスのような形です。
後者は優秀な経営者やプログラマー、MBA保持エリートなどが当てはまります。
超競争社会を勝ち抜いたごく一部の優秀層だけがたどり着ける境地です。
不労所得者とスーパーエリートが支配するのが現代の格差社会です。
この両者が混ざりあい、新たな富裕層階級を生み出していくのです。
ここに所属できなければ、どんなに経済的な努力をしてもたどり着ける場所はたかが知れています。
例えば、1980年以降のアメリカ国民所得の増加分のうちの60%が、最も裕福な1%のもとへ流れています。
相続による格差の固定化

ピケティが一番問題視するのは、生まれによる運不運が作り出す経済格差です。
その一番顕著な例が相続による格差でしょう。
2020年のフランスでは、相続財産がフランスの所有する富全体の7割を占めます。
大金を相続することはできないと法律上は規定されていますが、そんなものはたかが知れています。
富裕層の人々は賢く法律に触れない方法で富を相続するでしょう。
ただでさえ経済は発展速度を落としているのに、相続によって格差が固定化してしまえば、状況は悪化する一方です。
教育もスキルも持たず、ただ裕福な家に生まれたからという理由で人よりも富を獲得できるのはおかしいと、ピケティは言います。
これを阻止するためにも、富の社会的流動性を高め、生まれた瞬間に発生してしまう富の格差を最小限に抑える努力が必要だとします。
世界規模の資本税

ピケティの予測では、世界の経済成長率は2050年までに3%ほどにまで落ち込むとしています。
現状を維持し続ければ、確実に格差は広がっていくでしょう。
この格差を是正する唯一の方法は、資本に対する世界的な累進課税である、と彼は主張します。
個人の資本の大きさに応じた課税を世界規模で行うことで、不平等の連鎖を断ち切ることを目指すのです。
ただ、現在の富裕層は自らの資本を小さく見せる方法やノウハウを得ています。
そんな税金対策も考慮に入れた上で、透明性高く税金を取り立てます。
そのためには、新たな税法を作り出すのは勿論のこと、法令順守義務の制定や、タックスヘイブンに対する規制の強化などが必要になるでしょう。
格差是正の打ち手は近いうちに必ず打つ必要があります。
なぜなら、膨れ上がった大衆の格差に対する不満が爆発した場合、それが極端な政治状況に陥る可能性があるからです。
それは行き過ぎたナショナリズムかもしれませんし、独裁主義体制かもしれません。
ともかく、極端な経済格差という歪みはいつか必ず限界を迎えます。
社会は変革を問われているのです。
トマ・ピケティ「21世紀の資本」まとめ
トマ・ピケティは「21世紀の資本」を通して、格差の根本原因の究明と、それに対する打ち手を考案しました。
現代社会は過去に類を見ないほどの技術革新を遂げながらも、格差は是正されずに放置されている、いびつな状態です。
平等で不運な格差に見舞われないような世界をピケティは目指しているのです。
以下記事のまとめです。
- トマ・ピケティとはフランスの経済学者である。
- 経済格差の原因は「r>g」である
- r=資本収益率(the rate of return on capital)
- g=経済成長率(the rate of economic growth)
- この格差を是正する唯一の方法は、資本に対する世界的な累進課税である
ぜひ参考にしてください。
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