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フリードマン「資本主義と自由」を分かりやすく解説:自由主義とは

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古典派経済学思想を現代に蘇らせ、リバタリアン(自由主義者)を熱狂させたミルトン・フリードマン。

彼の著書はあまりにも過激で当時の経済観からかけ離れていたので、一部では黙殺されたほどです。

政府の介入を最小限におさめ、個人の自由を主張する自由主義は有効なのでしょうか?

この記事では、フリードマンの著書「資本主義と自由」について解説していきます😆

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フリードマンとは

Wikipedia参照

ミルトン・フリードマン(1912-2006)はアメリカの経済学者です。

古典派経済学思想を現代に復活させ、自由主義を強く訴えました。

1976年にはノーベル経済学賞を受賞しています。

彼の著書には「資本主義と自由」「選択の自由ー自立社会への挑戦」などがあります。

フリードマンはウクライナからの移民であるユダヤ人家庭に生まれます。

奨学金を得てラトガーズ大学に入学、同大学にて学士号、シカゴ大学にて経済学修士号を取得します。

大学在学中には優れた経済学者からの指導を受けると同時に、後の妻となるローズ・ディレクターと出会っています。

大学卒業後は大恐慌の影響を受け、政府関連の仕事に就きます。

第二次世界大戦中にはコロンビア大学にて戦争学を研究、1946年には博士号を取得しています。

以降はシカゴ大学にて教職として、経済学を教えます。

そこから経済学界に多大なる影響を与えるシカゴ派が生まれるのです。

晩年には活躍の幅を政界にも広げ、アドバイザーという立ち位置で多くの支援を行います。

結果的に彼は1976年にノーベル経済学賞を、1988年には大統領自由勲章を受賞しています。

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フリードマン「資本主義と自由」の解説

「資本主義と自由」(1962)はミルトン・フリードマンによって書かれた経済学書です。

自由主義を訴えるリバタリアンの精神的支柱として、今でも根強い人気を得ています。

ただ、内容がかなり過激ということもあり、学界やメディアからは腫れ物を扱うかのごとく、黙殺されていたようです。

以降、詳しい内容について解説していきます。

自由主義思想

フリードマンが本書を通して伝えていることは、自由主義を取り戻せ!、ということに尽きます。

彼の主張は、「真の民主主義とは、国民の意思を実現するために手段として国家が存在しているのであり、その逆であることは決して許されない」というものです。

これはアダム・スミスの「国富論」にて主張されている内容と酷似しています。

国民は市場の中で自由に競争し、政府はほぼ一切介入しなくなれば、国家は反映し、社会は秩序を取り戻す、というものです。

つまり、フリードマンはアダム・スミスの古典派経済学思想(自由主義思想)を現代に蘇らせた人物なわけです。

「資本主義と自由」が出版された1962年は、社会主義的な思想がまだ蔓延っていました。

第二次世界大戦は終わったものの、世界中が疲労困憊しており、政府が経済に深く干渉することで国家を維持していました。

この政府による必要以上の干渉をフリードマンは非難します。

政府の干渉が強くなればなるほど、個人の自由が侵されていくと考えたのです。

経済的自由と政治的自由を主張する彼にとって、自由市場とは決してぜいたくなものではなく、存在して当たり前のものだったのです。

政府介入の問題点

フリードマンは”個人の自由”を最優先事項として考えます。

そして、自由で解放的な市場においては、”見えざる手”が作用することによって、”個人の自由”は政府のそれよりもはるかに強く保護している、と主張します。

これは当時の経済学者が想定していたものと、大きく異なる見解でした。

なぜなら、多くの人は政府の保護があるからこそ”個人の自由”は保たれると考えていてからです。

歴史を振り返ってみると、基本的に国家の繫栄は民間の健全な経済活動から始まります。

人々の自由で健康な経済活動は、国家の権力暴走を自然と阻止する力を持っていると、フリードマンは言います。

つまり、資本主義という制度において自由市場が存在して初めて、政治的自由は生まれるわけです。

彼は、個人の自由を守るのは、政府ではなく自由市場であると考えたのでした。

フリードマンは、政府介入によって発生した問題をいくつか取り上げることで、彼の主張を強めます。

以降、具体例について解説していきます。

規制から生まれる差別

政府は頻繁に商業に対する規制を行うことがあります。

独占や商業地域に対する規制などが挙げられます。

そしてこれらの規制はいずれ、社会的地位や階級、宗教や人種に基づく規制に変わる可能性があります。

規制とはもともと、自由を抑制するための存在です。

だからこそ、必要以上の政府による勝手な規制は差別の原因になると、フリードマンは考えます。

一方、自由市場においては差別は一切存在しないと考えられます。

なぜなら、経営者は利潤追求の際にお客さんの宗教や社会的地位を問わないからです。

彼らにとっては、特定の人にカスタマーを絞ることはコストでしかないのです。

止められた大恐慌

開放的な自由市場は不安定という弱点があります。

その証拠に、”市場の失敗”として大恐慌は何度も発生しています。

フリードマンはこの大恐慌ですら、主な原因は政府の経済運営の失敗にある、と主張します。

政府には恐慌時に行うべき金融政策や財政政策がいくつもあります。

例えば、銀行が連鎖的に倒産したのであれば、そのタイミングで通貨供給量を増やして消費の促進をしなければなりません。

これができれば多くの場合、大恐慌になるまえに1-2年で景気縮小は終わるのです。

安定した通貨制度を維持することは政府の役目であり、フリードマンもここは認めています。

しかし、この役割はあまりにも重要すぎるのです。

とても重大な責任を担っており、今後の国家繁栄の趨勢を決めるかもしれない判断を政府が下すのはリスクが高いです。

だからこそ、彼は金融当局や政府の裁量権は制限していくべきであると考えるのです。

善意による余計な施策

政府による市場への介入は、時として余計な施策になり得ます。

フリードマンは公共政策(高速道路や学校、公衆衛生など)に関しては評価しています。

しかし、基本的に国民の生活水準とは市場の競争の中で向上していくものです。

政府が、公共の利益のために!と行う施策は、国民の利益に反するような結果を生むこともあるのです。

アメリカでの最低賃金法は、アフリカ系アメリカ人の貧困緩和が目的でした。

しかし、結果は10代の黒人の失業率を大幅に上昇させました。

社会保障プログラムは働くことができない人にセーフティーネットを提供することが目的でした。

しかし、本来であれば働いていた人が生活保障プログラムに頼るようになり、依存するようになってしまいました。

善意は時として、良からぬ結果をもたらすのです。

機会の平等>富の平等

自由主義思想は、最低限な政府の介入に伴う、開放的な市場を求めます。

それはつまり、権利や機会の平等を重視していることにもなります。

しかし、ここで注意なければいけないのは、富の平等は保証されていない、ということです。

多くの人は資本主義は所得格差や経済格差を生み出す不平等な社会システムである、と主張します。

しかしそれは、短期的な視点から物事を見ているから、かもしれません。

資本主義が主流になったばかりの数百年前から比べると、我々は様々な恩恵を受けています。

全ての人の生活水準は大きく上昇し、昔の貴族や支配階級者でも得られなかった物が、現代では簡単に手に入ります。

資本主義思想の根底にあるのは権利や機会の平等です。

富の平等はそこには含まれません。

しかし、富を追求することは誰にでもできます。

自由主義思想を土台とした資本主義社会は、”個人の自由”を目的として成り立っているからです。

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まとめ

フリードマンは「資本主義と自由」にて、自由主義思想の重要性を改めて世界に伝えました。

自由思想を体現する自由市場があり、それを土台として資本主義社会が構成され、全ては個人の自由を保証する、という目的のもと成り立つのです。

ぜひ参考にしてみてください😆

  • フリードマンとは、アメリカの経済学者である
  • 「資本主義と自由」の内容
    • フリードマンは、自由主義思想(個人の自由)の重要性を現代に説く
    • 政府介入には問題点がいくつも存在する
      • 規制は差別を生み出す原因となる
      • 大恐慌を引き起こしたのは政府のミスが原因である
      • 公共の利益を求める善意の施策は、予期しない悪い結果をもたらすことがある
    • 自由主義思想とは、機会の平等は保証するが富の平等は保証しない。

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